ステロイド剤の作用
ステロイド剤が臨床的に応用されるようになって、ちょうど60年という長い年月が経過しようとしています。
初めて、ステロイド剤の効能が認められたのは、1948年のことです。それから2年ほどの間に、各種の膠原病、血液疾患、気管支炎喘息などへ適応症は急速に拡大し、すぐれた臨床効果のあることが明らかになりました。しかし、一方では数々の重篤な副作用が報告されるにおよび、抗炎症作用が強く、副作用の少ないステロイド剤を求めて研究開発が強力に進められたのです。その結果、はじめの10年間に各種の合成ステロイド剤が相次いで出現したが、電解質作用を除くことが出来た以外、副作用防止にはみるべき成果があがりませんでした。そこで、ステロイド剤は「両刃の剣」であるとか「麻薬」であるとか称せられるようになり、臨床医もステロイド剤は出来る限り使いたくないと考えるようになってきました。
ところが1980年代頃から、再びステロイド剤に対する関心が高まってきました。この理由の一つとして、多くの非ステロイド性抗炎症剤等が出てきたのですが、どれを取り上げてもステロイド剤以上の効果を期待することができず、しかも非ステロイド性抗炎症剤にもかなりの副作用があるという点をあげることが出来ます。
副作用のために消えていく医薬品が多い中で、ステロイド剤は重篤な副作用があるにもかかわらず60年たった今でも臨床的にすてがたい医薬品として存在し続けているのです。これは、ステロイド剤の臨床的な有用性が副作用という欠点を料がしているからとしか思えません。とはいっても、副作用の問題は解決したわけではありません。従来からの副作用を克服しても、別の新しい副作用が出現するなど問題はつきません。この厄介なステロイド剤を巧みに使いこなして、臨床的手腕を発揮している医院・医療機関も多いと思いますが、ステロイド剤の使い方はやはり難しいと言わざるをえません。
ステロイド剤の作用
ステロイド剤は医薬品として用いられていますが、本来は体内で生産されるホルモンです。臨床的観点からステロイド剤に期待されているのは、抗炎症作用、抗アレルギー作用、後退産生抑制作用といった作用です。
投与されたステロイド剤は、細胞内に取り込まれますが、細胞内ではステロイドに特異的なレセプター(受容体)と結合しステロイド・レセプター複合体がつくられます。このレセプターの存在は、細胞内におけるホルモン作用の発現に必要な条件であり、レセプターの存在は細胞ではホルモン作用が発現しません。
ホルモンの作用は、レセプターの数と、ホルモンとレセプターの結合親和性によって決定されます。現在、臨床的に使用されている合成ステロイド剤はいずれも天然型のヒドロコルチゾンよりも生物学的活性が強いのですが、その理由として血中半減期の延長のほかこのようなレセプターに対する親和性の増強があげられています。例えば、デキサメタゾンの場合、ヒドロコルチゾンの約30倍の強さを持っていますが、レセプターとの親和性はヒドロコルチゾンの約8倍であり、自分の副腎皮質ホルモンの生産抑制の強さである血中半減期は約3倍です。
中枢神経系に対する作用
クッシング症候群の第一例は、精神病院においてみつけられたと言われます。これほどグルココルチコイドの中枢神経系に及ぼす影響は大きいのです。
その強さには、個人差がありますし、また症状の現れ方も人によってことなります。この作用機序の詳細は不明ですが、脳内の各所にステロイド受容体が存在し、視床下部はもちろんのこと、海馬、扁桃、大脳皮質にも多く集まっています。
内分泌系に及ぼす影響
下垂体・副腎皮質系には、ステロイド剤を投与するとACTHの分泌が抑制され、副腎皮質からのヒドロコルチゾンの分泌が減少する仕組みが存在しています。この作用点としては、視床下部と下垂体の両者が考えられています。
ステロイドは、視床下部に作用してCRHの分泌を抑制するとともに、下垂体にも作用して直接的にACTHの分泌を抑制します。ステロイドの作用機序としては早く作用するもの、ゆっくり作用するものの2つが考えられていますが、早い場合は数分以内に作用が発現するので通常の蛋白合成を介する作用とは別個のものとみなされています。
なお、ステロイド剤はACTH以外の下垂体ホルモン、性腺刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、成長ホルモンの分泌も抑制します。そのため、ステロイド療法中は、女性で無月経や月経不順、子供の場合は成長の抑制がみられることがあります。
代謝作用
(1)糖代謝を中心として
ステロイド剤は、グルココルチコイドと呼ばれているように、その代謝作用の特徴は血糖値の維持と上昇です。すなわち、グルココルチコイドを投与すると、まず肝以外の組織、たとえば脂肪組織、皮膚、リンパ組織におけるブドウ糖の細胞内への取り込みが抑制されます。これに続いて、脂肪組織では中性脂肪の合成が抑制され、脂肪分解が亢進、血中に遊離脂肪酸が放出されます。このプロセスとして、カテコラミン等の脂肪動員ホルモンの作用を増強すると考えられています。
その他の組織では、血中にアミノ酸が動員されます。こうして動員された遊離脂肪酸とアミノ酸は肝に集められ、一部はエネルギー原として用いられ、他はブドウ糖の合成に利用されます。肝で合成されたブドウ糖は一部グリコーゲンとして蓄えられるが、残りは血中に放出され血糖値を上昇させます。
以上のようなグルココルチコイドの糖新生作用はインスリンによって拮抗され、大量のステロイド剤を投与した時はインスリンの分泌が亢進します。
インスリンに対する感受性の強い顔面や身体には脂肪が沈着して、満月様顔貌や水牛肩を呈し、一方、四肢や方ではステロイドの作用で皮膚の筋支持組織の委縮がおこり、皮膚に深い溝が出来るためしわしわが出来ます。
(2)脂質代謝
ステロイド剤を長期投与していると、肝に動員されてきた脂肪酸を材料として中性脂肪やコレステロールの合成が亢進し、高脂血症をきたします。ステロイド剤による食欲亢進から来る過食も同じく高脂血症を助長します。
(3)骨に対する作用
ステロイドによる蛋白異化亢進、骨芽細胞の抑制(骨形成の低下)、腸管からのカルシウム吸収抑制、尿中カルシウム排泄増加、ビタミンD活性化阻害によってカルシウム負平衡となる結果、二次性副甲状腺機能亢進症、ひいては骨吸収の亢進というメカニズムで骨粗鬆症をおこします。
(4)電解質作用
現在使用されている合成ステロイド剤は電解質作用が弱くなっているので、ナトリウムの貯留やカリウムの喪失は少ないのですが、プレドニゾロン大量投与中やヒドロコルチゾンを使用している時には低カリウム血症やナトリウム貯留に基づく浮腫をきたすことがあります。
抗炎症作用のメカニズム
ステロイド剤の抗炎症作用は強力でしかも広範囲に及びます。これがステロイド剤の特徴でもあり欠点でもあります。現在、抗炎症作用のメカニズムは全て明らかにされたわけではありませんが、この方面の研究は格段の進歩を遂げています。抗炎症作用のメカニズムを理解しておくと、ステロイド剤適応の決定、投与方法の選択、副作用の早期発見に有用です。
(1)リポコルチンの産生とその作用
ステロイド剤によってマクロファージや白血球から産生される抗炎症性の蛋白をリポコルチンと呼んでいます。
リポコルチンはステロイドの作用によって産生が増加するのですが、通常補蛋白合成過程に基づくものとみなされており、ステロイドの抗炎症作用が効果発現に2~3時間を要する原因と考えられています。リポコルチンはホスホリパーゼA2の作用を阻害することによって、プロスタダランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンの生成を抑制します。これらのケミカルメジエーターの生成過程においてホスホリパーゼA2によるアラキドン酸の生成は律速段階になっており、重要な反応なのです。これをステロイドホルモンが抑制するので、ステロイドホルモンの抗炎症作用は強力で広範囲に及ぶわけなのです。
今まで、ステロイドの抗炎症作用として炎症局所における血管透過性の更新や血流増加の抑制作用が重視されていましたが、これらはリポコルチンによるケミカルメジエーターの産生抑制に基づくものと考えられます。
(2)その他の作用機序
ステロイドはケミカルメジエーターであるブラジキニン、セロトニンの作用を抑制することも明らかにされており、プラスミノーゲン、アクチベーターの阻害作用も認められています。
免疫系に及ぼす影響
今まで、ステロイドと免疫の関係は、ステロイドによる免疫系への影響、特に抑制作用という一方的なものであったが、最近の研究によって免疫系が逆に下垂体・副腎系を刺激することやリンパ球がACTHを産生することなども明らかになってきており、ステロイドと免疫との関係は神経内分泌系と免疫系の複雑なネットワークの中で考えなければならなくなりました。
(1)インターロイキン-1の産生抑制
炎症や免疫反応においてまず最初に重要な役割を演じるのはマクロファージです。マクロファージに抗原刺激が加わると、インターロイキン-1(IL-1)が産生されTリンパ球を活性化します。ステロイドは、マクロファージに作用して、このIL-1の産生を抑制します。
ステロイドが炎症巣への白血球の集積を抑制することは、以前からしられていました。この場合、IL-1に内皮細胞への白血球粘着を促進する作用のあることがわかってきており、ステロイドの白血球集積抑制作用にはIL-1分泌抑制を介する機序も働いているものと考えられます。
(2)インターロイキン-2の産生抑制
ステロイドはインターロイキン-2(IL-2)の産生を抑制します。
IL-2は免疫反応系の中心ともいうべきサイトカインであり、Tリンパ球自身の増殖因子として作用し、Tリンパ球を増殖させ、ヘルパーTリンパ球、キラーTリンパ球などへ分化させます。このようにして分化増殖したヘルパーTリンパ球は各種のサイトカミンを産生し、免疫担当細胞の増殖分化を誘導します。結局、ステロイドは、IL-2の分泌とその作用を抑制することによって、免疫反応の過程を全面的に抑制することになります。
なお、IL-2はNK細胞や抗体依存性キラー細胞の活性化にも必要であるといわれているので、ステロイドによるIL-2分泌の抑制はこのような細胞の活性を低下させる影響を与えます。